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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)2017号 判決 1984年11月28日

控訴人

竹中晟(これ)之(ゆき)

右訴訟代理人

高田良爾

小川達雄

被控訴人

株式会社京都新聞社

右代表者

坂上守男

右訴訟代理人

三木今二

村田敏行

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金一〇六万一四五二円及びこれに対する昭和五七年三月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人

主文同旨の判決を求める。

第二  主張及び証拠関係

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏八行目の「むしろ」の次に「生活補給金的、」を加え、同三枚目表七行目の次に改行の上左のとおり付加する。

「 すなわち、労働者は支給対象期間中労務に服することにより、当然に賞与請求権を取得するのであり、支給額、支給日の確定によりその具体的な請求権の行使が可能となるのである。

控訴人は、本件年末賞与の支給対象期間たる昭和五六年四月一日から九月三〇日まで労務に服し、在職中の同年一一月二八日労使間交渉によりこの年末賞与の支給日及び支給額が確定した。したがつて、控訴人は右の具体的な賞与請求権を在職中において既に取得している。」

二  同五枚目裏二行目の「要件と」の次に「する取扱いを」を加え、同四行目末尾の「要件」を「取扱い」と改め、同六枚目表五行目末尾の「終了」の次に「する」を加え、同七行目の次に改行の上左のとおり付加する。

「三 就業規則四六条の「従業員」たる地位を有した時期については、支給日たるその日に在籍している必要はなく、当期賞与の計算期間、すなわち、支給額決定に際しての支給対象期間に在籍しておればよいと解すべきである。けだし、右期間における労働が、「労働の対償」としての評価の対象となるからである。」

三  証拠(当審分)<省略>

理由

一控訴人が被控訴人の嘱託として勤務し、昭和五六年一一月三〇日付けで嘱託期間満了により退職したこと、被控訴人が嘱託手当の3.06か月分の賞与を昭和五六年一二月四日に支給することを決定したこと、控訴人の退職時の嘱託手当が一か月金三四万六八八〇円であり、右賞与が支給されるとすれば金一〇六万一四五二円となること、被控訴人の昭和五七年四月一日改正前の就業規則(以下単に「就業規則」という。)四六条に「会社は従業員に対し、毎年夏季および年末にそれぞれ賞与を支給する。賞与の金額および配分方法はそのつど決める。賞与の支給期は原則として夏季は六月、年末は一二月とし、計算期間は次のとおりとする。1夏季 前年一〇月一日から当年三月三一日まで 2年末 当年四月一日から当年九月三〇日まで」とする定めのあること及び控訴人が昭和五六年の年末賞与の計算期間に在籍していたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、控訴人は昭和四二年(四五歳のころ)被控訴人会社に嘱託として入社し、同五〇年に社員登用規定により正規の従業員となり、同五三年一一月三〇日に定年(五七歳)退職し、引き続き嘱託として被控訴人会社に勤務し、賃金は著しく低下したが校閲の仕事に従事していたところ、同五六年一一月六〇歳に達したので同月末日をもつて嘱託期間が満了し、定めにより再雇用されることなく退職することとなつたこと、就業規則三条に基づき嘱託の就業に関する事項を規定する被控訴人の嘱託規程(昭和五七年四月一日改定前のもの。以下単に「嘱託規程」という。)三条により、嘱託は日勤及び非日勤の二種とし、日勤嘱託は雇用形態及び委嘱業務の内容によつて、専門嘱託(正規の従業員の補助的な専門業務を委嘱するもの)、特務嘱託(寮の管理、原稿搬送、特別用務などの業務を委嘱するもの)、販売拡張員(販売拡張業務を委嘱するもの)、再雇用嘱託(昭和五四年三月三一日までに定年退職し、再雇用されたもの)の四種とされ、同規程四条により、日勤嘱託期間は一か年であつて、契約時の年齢は満五九歳を限度とし、契約期限は六〇歳に達した月の末日とする旨定められ(したがって六〇歳まで雇用される保証はないが、健康上の支障がなければ通常は契約が更新され六〇歳まで雇用されていた。)、同規程七条により就業規則四六条(賞与)の規程が準用されていたこと、被控訴人と京都新聞労働組合(以下「労働組合」という。)との間の昭和五六年年末賞与に関する交渉が同年一一月二八日に妥結し、支給日は一二月四日とし、正規の従業員については、基礎支給額四七万円、年齢加算額は一九歳を二万一一〇〇円とし、五六歳まで一歳につき二万一一〇〇円を加算する、家族加算額は、扶養家族の最初の一人を五万円としその他の一人を三万五〇〇〇円とする、管理職経験者を除く再雇用嘱託、専門嘱託及び特務嘱託の支給基準は前記のとおり嘱託手当の3.06か月分とする旨定められ(ほかに、長期アルバイト、短期アルバイトの支給基準も定められた。)、被控訴人は右妥結のとおり、賞与の金額、配分方法、支給日を決定したこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

三就業規則四六条による賞与の支給について、控訴人は、賞与は労働の対償たる賃金であつて生活補給金的、賃金後払的性格を有するから、賞与の計算期間に在籍していれば支給日に在籍していなくても支給対象となる旨主張し、被控訴人はこれを争い、賞与は労働の対価性よりも報償性、利益配分性が顕著であり、同条は賞与の支給日に在籍している従業員に支給すべきであることを定めたもので、かつ右解釈に基づく取扱いが労使慣行である旨主張する。

ところで、わが国特有の賞与の制度が発生史的に恩恵的、功労報償的であったとしても、戦後のインフレ期、幾多の景気変動を経るとともに、労働基本権の確立、労働者の意識の向上に伴つて、恩恵的、功労報償的な性格が後退し、生活補給金的、収益分配的性格が濃厚となりつつあることは、当裁判所に顕著な事実である。しかしながら、労働契約上あらかじめ金額が定められて毎月支給される賃金とは異なり、いわゆる盆暮に毎月の賃金とは別に支給され、しかも不確定要素の多い賞与の特殊性にかんがみると、それを抽象的に定義づけその法的性格を一義的にのみ解することは相当でなく、その法的性格(労働の対償性の有無)を判断するに当たつては、使用者、労働者間の約定、意識、就業規則、労働協約の定め、労使慣行等個々具体的な事実関係を考慮すべきである。

右観点から本件賞与の賃金性の有無を判断する。

被控訴人が、賞与計算期間に在籍しても支給日当日に在籍しない者に対しては賞与を支給しない取扱いを長年続けてきたこと、ただし死亡退職と正規従業員の定年退職の場合は例外的措置として賞与の支給をしてきたこと、は当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、控訴人が当初嘱託として採用された昭和四二年以前から就業規則四六条の定めがあり、被控訴人がその定めを賞与の支給は支給日当日に在籍する従業員に限定したものと解釈し右取扱いを続けてきたこと、就業規則四六条に規定されている「計算期間」は決算期に合わせてあり、以前は「上期決算」、「下期決算」となつていて業績がよければ賞与を与えるという意味をもつていたもので、現在でも欠勤の減額処理や査定の処置のための期間という意味があること、昭和五三年三月から同五六年一二月までの間期間満了により退職した嘱託六九名は、例外なく、計算期間に在籍しながら退職後に支給日が到来した賞与を受給しておらず、控訴人の場合を除いては、賞与が支給されないことにつき被控訴人に対し確認の問合せがその間一、二度あつただけで苦情はなく、嘱託も加入資格のある労働組合からも苦情の申入れはなかつたこと、控訴人は在職中被控訴人から規則集の交付を受けていたし、昭和五三年一一月末日に定年退職後嘱託として再雇用された時期の前後を通じ期間満了により退職した多数の嘱託がいることを知つていたから、計算期間に在籍していても支給日前に退職した嘱託には賞与が支給されていないことは容易に知り得る状況にある中で、期間満了による退職の直前である昭和五六年一一月中旬になり初めて被控訴人の人事部に対し年末賞与が支給されないことの確認とそのことに対する苦情を申し入れたこと、被控訴人は賞与支給に関する従来からの実務処理を明文化するため昭和五七年になつて、就業規則四六条の「従業員」が「支給日当日に在籍する者及び前期賞与支給月の翌月以降の定年退職者並びに死亡退職者」であることを明らかにするとともに、嘱託規程七条による就業規則四六条の準用が「支給日当日に在籍する者及び前期賞与支給月の翌月以降の死亡解嘱者」に限ることを明らかにすることを含む規則及び規程の改定(実施時期は同年四月一日)を行なつたが、労働組合は同年六月三日付けの意見書をもつて右改定に異議のないことを表明したこと、をそれぞれ認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実に前記一、二の各事実を総合して判断すると、本件賞与は、その金額、配分方法及び支給日があらかじめ定められておらず、支給日に近接した時点において被控訴人と労働組合との間の交渉の結果右金額等が決定されたもので、その金額は正規従業員の場合一律の基礎支給額のほか年齢と家族数で定まり、嘱託の場合嘱託手当に一定の支給率を乗じて定まることからすると、その性格は功労報償的というよりも生活補給金的色彩が強いといえるけれども、同時に利益配分的ともいえ、その内容が計算期間以前に定められていない点において労務提供に対する本来的請求権の内容となる通常賃金と顕著に異なることを否定することができない。しかも、嘱託一般につき嘱託期間満了後に支給日が到来する場合には賞与は支給されないという慣行が長年平穏裡に継続され、労働組合もそのことを是認し、控訴人も在職中そのことを知り得べき状況の下にあつたものであるのみならず、控訴人の場合正規の従業員を定年退職した後に嘱託として再雇用されたのであるから、五七歳の定年が事実上六〇歳まで延長されたのと同様の結果を生じているといつても、定年制の雇用契約(一種の期間の定めのない契約で、定年まで雇用関係が継続する。)と異なり、契約期間が一年間であり、賃金体系も著しく低い点において、嘱託は正規の従業員とは労働条件が本質的に相違することは否めないのである。以上の事実関係の下においては、少くとも再雇用嘱託に支給される賞与は、労使間において純粋に労働の対象と意識されていたものとは認め難く、本件賞与は労働基準法一一条、二四条が全面的に適用される賃金と解することはできない。

したがつて、嘱託に対する賞与支給についての長年の前記慣行にかかわらず、控訴人が賞与計算期間中労務に服したことにより当然に賞与請求権を取得し、支給額、支給日の確定により具体的請求権が発生したとする控訴人の主張は採用することができない。

四控訴人は、就業規則四六条の「従業員」は当該賞与の計算期間に在籍しておればよいと解すべきであり、嘱託期間満了と正規従業員の定年とは自己の意思によらないで雇用関係が終了する点で一致するから、その間に取扱いの差異を設ける慣行には合理性がない旨主張する。

本件賞与が純粋に労働基準法一一条に規定するところの労働の対償たる賃金であるとすれば、就業規則の定め、労使慣行の存在、その他如何なる理由の下にせよ、労務を提供した労働者にその支給をしないことは、同法二四条の賃金全額支払義務の規定に違反し許されないことはいうまでもない。しかし、本件賞与が右の意味での賃金に当たらないことはすでに前項において判断したとおりであり、さらに、さきに示した事実関係からすれば、死亡退職の場合を除き、計算期間に在籍しても賞与支給日に在籍しない嘱託には賞与を支給しない旨の確立された労使慣行が存在したということができる。そしてこの場合、右慣行が強行法規に抵触し又は公序良俗に反するか、著しい不合理性が認められる等のことのない限り、これに事実たる慣習としての効力を認めるのが相当である。

就業規則四六条の「従業員」については、計算期間に在籍しなければ賞与の受給権を有しないのは当然としても、同条項の文言から直ちにそれが支給日在籍者に限定する趣旨で定められたと解することはできないし(現に被控訴人が昭和五七年四月一日の改定により右「従業員」は支給日当日在籍者のほか定年退職者と死亡退職者を含む旨明文化していることは前記のとおりである。)、逆に計算期間に在籍する以上支給日に在籍しない者もすべて含む趣旨で定められたと解することもできない。すなわち、これを一義的に解釈するのは妥当ではなく、その解釈運用は、他に定めがない以上、労使慣行に委ねたものと解するのが相当である。

次に、控訴人の主張する被控訴人の前記取扱いの不合理性につき検討する。さきに判断したとおり、再雇用嘱託が六〇歳となり期間満了で退職することが定年退職と類似するといつても、労働条件が本質的に相違する正規従業員の定年退職と同日に論ずることはできず、前記労使慣行を著しく不合理であるということはできない。ほかに右慣行に従うことが違法であることを認めるに足る証拠はない。かえつて、<証拠>によれば、関西経営者協会の昭和五七年度賞与一時金実態調査では、算定期間後支給日までに退職した者に対する賞与を支給しない会社が、企業規模一〇〇〇人以上の場合、七〇社中「定年・会社都合」の退職で六社あり、「自己都合」の退職で二五社あり、株式会社政経研究所の昭和五六年度定年退職者に対する賞与の支給調査では、査定期間中在籍し支給日に在籍しなかつた定年退職者に支給しない企業は、規模計で一四一社中三八社あり、産業労働調査所の昭和五七年度賞与・一時金支給対象者調査では、支給日現在で在籍している者に限定している企業が調査産業計で62.4パーセントあり、労務行政研究所の昭和五五年度の調査では、計算期間に在籍し支給日には退職していた者への賞与を支給しない企業が一〇〇〇人以上の規模で五七社中二七社あり、被控訴人の昭和五九年五月ころの調査では、被控訴人を含む地方新聞社一四社のうち賞与支給計算期間中在籍し支給日に退職した定年退職後の再採用嘱託者に賞与を支給しないものが八社あることが認められ、右事実によれば、前記労使慣行はわが国の産業界において未だ相当の範囲で支持されている取扱いであるといいうるのであつて、それが控訴人主張のように改善されることが労働者にとつて好ましいこととはいえても、違法又は公序良俗違反であるとまでは断定しえないものといわねばならない。

そして、控訴人は在職中前記労使慣行を容易に認識しうる状況の下にありながら、期間満了による退職の半月前まで何ら反対の意思表示をしなかつたのであるから、それまでの間控訴人は他の多数の嘱託同様暗黙のうちに従来の多年にわたる取扱いに従う旨の意思を有していたものと解すべく、控訴人は前記労使慣行に拘束されるものといわねばならない。

したがつて、昭和五六年の年末賞与の支給日に在籍していなかつた控訴人は、右賞与の受給権を有しないものというべきである。

五よつて、控訴人の本訴請求は失当であり、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(村上明雄 堀口武彦 寺﨑次郎)

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